ゾロアスター教の神話

――ゾロアスター教の創世神話――

　

　

　

目次

目次

ねらい

参考

 

第一部    解説

　１．ゾロアスター教の定義

　２．名称

　３．別名

　４．成立年代

　５．使徒

　６．聖王

　７．概要

　８．主祭神

　９．経典

 

第二部    神話の概要

　１．太初

　２．第一の三千年期

　３．第二の三千年期

　４．第三の三千年期

　５．第四の三千年期

　６．世の終わりについての黙示

 

 

ねらい

　ミトラ神話を総合的かつ正確に理解すること。

　

　

参考

根本聖典

・東條真人『ケウル−ミトラ聖典』MIIBOAT Books、2006

 

ミトレーアム公式ＨＰ

・ＨＰ《神話学１．ミトラ教の基本》

・ＨＰ《ミトラ教．神話学７．アフラ=マズダーの徹底研究》

・ＨＰ《カルデアン・マギとザラタス》

・ＨＰ《ザラタスの伝説と言葉》

・ＰＤＦ．『ペルシア神話大辞典』

 

ゾロアスター教

・東條真人訳注『バフマン・ヤシュト』ミトラ教天使七星教会

 

 

 

第一部　解説

――ゾロアスター教の概要――

 

 

１．ゾロアスター教の定義

　マズダー教、ミトラ単一神教、女神アナーヒター崇拝を折衷し、アフラ=マズダー、ミトラ、アナーヒターを至高三神として崇める宗教。

 

 

２．名称

　正式名称は、ペルシア語でザルトシュティーヤZartshtiyya。英語では、ゾロアスター教Zoroastrianism。

 

 

３．別名

　拝火教〔はいかきょう〕。

 

　

４．成立年代

　前６世紀。

 

５．使徒

　ゾロアスターZoroaster。古ペルシア語では、ザラシュストラZarathustra。現代ペルシア語では、ザルドシュトZardsht。カルデア（バビロニア）では、ザラタスZaratas。マズダー派とミトラ派では、まったく異なる伝承を持つ⇒ＨＰ《カルデアン・マギとザラタス》；ＨＰ《ザラタスの伝説と言葉》。

 

 

７．聖王

　アケメネス朝ペルシアのアルタクセルクセス一世、アルタクセルクセス二世は、ミトラ単独崇拝を公式化し、ミトラカーナ大祭を復活させた。ともにミトラ教の聖王である。

 

 

８．概要

　ゾロアスター教は、ペルシア帝国内の主要な宗教勢力を融和させ、帝国分裂の危機を回避するためにつくられた折衷宗教で、具体的には、マズダー教、ミトラ単一神教、女神アナーヒター崇拝を折衷し、アフラ=マズダー、ミトラ、アナーヒターを至高神団とするものである。次第にミトラ派の勢力が増して行ったことは、世界を統治するのはミトラで、アフラ=マズダーは来世だけを統治するとの役割分担が確立されたことからも明らかである⇒『宗教的見解』『ミトラ祭儀書』。ゾロアスター教は、アケメネス朝の国教だったが、アレクサンダー大王の東方遠征によりアケメネス朝ペルシアが崩壊すると、帝国とともに瓦解し、各派は、それぞれ別個の宗教にもどった。これ以後、ゾロアスター教およびマズダー教が正式な国教になることは二度となかった。

 

 

９．主祭神

　至高三神団（アフラ=マズダー、ミトラ、アナーヒター）。

 

 

１０．経典

　折衷宗教ゾロアスター教の全教典を集めたもの、つまり、以下の一覧表に記載されているすべての文書を収めた書物を原『アヴェスター』という。これは羊皮紙に古代ペルシア語東部方言（アヴェスター語）で記されていた。アヴェスターは、古代ペルシア語東部方言で「訓令」を意味する。原『アヴェスター』は、アケメネス朝ダリウス王の時代（在位521-486 B. C.）に二冊つくられた（全帝国に二冊しかなかった）が、アレクサンダー戦役で灰燼に帰した（330 B. C.）。パルティアのヴォロネーゼ王（後1世紀？）が各地にわずかに口伝で伝えられていたものを再び集めたが、原本の四分の一程度しか集まらなかった。以下の一覧表に示した教典は、『ゼンド・アヴェスター』を除いて、残りはすべて『パフラウィー文書』という文書群から発見された教典である。以下では、マズダー教的でない部分を含むものには＊を付けてある。

　

�@創世記

創造の書（ブンダヒシュン）＊　Bundahishn　……宇宙創世神話。

 

�A黙示録

バフマン・ヤシュト＊　Bahman Yasht　……世の終わりについての予言。

 

�Bゼンド・アヴェスター　Zend Avesta　……全五巻からなる祭儀書とその注釈。

　3-1．大祭儀書＊　Yasna　

　3-2．ガーサー　Gâthas　……ザラスシュトラ自身の言葉。

　3-3．ヤシュト書＊　Yasna　……ミトラ祭儀書（ミフル・ヤシュト）を含む全二一巻の祈祷書。

　3-4．連祷書＊　Nyâyis　……司祭の後に続けて信徒が唱和する祈祷句集。

　3-5．除魔の書　Vendiâd　……魔除けのための祈祷書。

　3-6．儀式の主たち　Visparad　……『大祭儀書』の補遺。

　3-7．聖餐日の祈祷　Âfrînagân

　3-8．一日五回の祈祷　Gâhs　……信者が一日五回の礼拝で唱える祈りの言葉。

 

�C注釈書

　4-1．デーンカルト　Dînkard

　4-2．智慧の霊の教え＊　Dînâ-e Maînôg-e Khirad　

　4-3．疑念を払う説教＊　Shikand-gûmânîg Vizar　

 

�D手稿書簡他

　5-1．司教ザードスプラム選集＊　Kîdakîhâ-e Zâd-spram　

　5-2．司教マヌスキハルの書簡　Epistles of Mânûskîhar

　5-3．宗教的見解＊　Dâdistân-e Dînîk

　5-4．正と邪　Shâyast Lâ-shâyast　……宗教的伝統についての手稿

　5-5．百題　Sad Dar

 

備考

　日本語の書籍には、ゾロアスター教の神話に関して、教典に基づく正確な要約・概要紹介は存在しない。ゾロアスター教をあつかった専門書・解説書の中には正確な実像ではなく、マズダー教のプロパガンダ（宗教的宣伝）を混入しているものがある。はなはだしいものにいたっては、教典を抄訳と称して、マズダー教の教義に合わない部分をすべて削除するという暴挙を行っている。入門書・啓蒙書・辞書の類は、二次資料にもとづく記述ばかりで、教典に記されている実態とは著しくかけ離れている＊。このような状況のままでは、ゾロアスター教の実像把握はおぼつかない。そこで、今回、最低限の基本情報をここに掲載することにした。

　

＊実態とは著しくかけ離れている　一例を挙げるなら、最終戦争がある。ゾロアスター教の教典に記されている最終戦争は、きわめて儀式的・呪術的であり、キリスト教やイスラームの黙示とは雰囲気がまったく違う。実態をながめるなら、キリスト教・イスラームより、むしろ日本の陰陽道や密教の呪術合戦に近い。一次資料に直接ふれないで、安易な解説をするため、日本では、このような基本的な事実すら見落とされ、欧米の受け売りに埋没している。そもそも、宗教の解説をするというのであれば、いかなる宗教であれ、その宗教の教典をすべてなめるように読み、その記述を踏まえて、可能な限り正確に全体像を把握して、歪めることなく解説すべきであることは、言うまでもない。言論の自由は、でたらめ、未熟、改ざんを許容するものではない。まして、信徒集団が存在している宗教に関しては、なおさらである。いかなる宗教も、その宗教の母体となっている集団が、その宗教について語る第一の権利をもっている。

　

 

 

第二部　神話の概要

 

 

１．太初

　すべての始まりに先立って、二柱の神が存在した＊。一方は、アフラ=マズダー＊と言い、無限の光明の高みに住んでいた。他方は、アンラ・マンユ＊と言い、暗黒の深みに住んでいた。両者の間には、虚空があり、直接に接することはないが、両者は互いに相手によって空間的に制限されていた。両者は争うことなく並存していた。アフラ=マズダーは全知者だったので、アンラ･マンユの存在を知っていたが、アンラ・マンユは、無知で暗愚だったので、アフラ=マズダーの存在を知らなかった。

　アンラ・マンユは、アフラ=マズダーと光を見ると、破壊的本性を顕わにし、アフラ=マズダーを攻撃し、破滅させようとした。そこで、アフラ=マズダーは、アンラ･マンユがこれから行う善き創造を讃えるなら、和解してもよいと提案した。しかし、アンラ･マンユは、これをアフラ=マズダーの弱さの現れであると解釈し、申し出を断り、破壊活動を始めた。アフラ=マズダーは、戦いが続く限り、アンラ･マンユとその脅威も続くことを知っていたので、戦いに期限を設けることを提案した。愚かなアンラ･マンユは、これに同意した。これにより、アンラ･マンユの最終的な敗北が運命付けられた。

　世界の歴史は、一万二千年＊である。最初の三千年は原初の創造の時代である。第二の三千年は、アフラ=マズダーの意のままに過ぎる時代である。第三の三千年は、善と悪が混合する時代である。第四の三千年は、アフラ=マズダーの勝利が確定し、アンラ・マンユが滅びる時代である。

　

＊すべての始まりに先立って、二柱の神が存在した　マズダー教は、ズルワーンの存在を認めていない。

＊アフラ=マズダー　Ahura Mazdah。オフルミズドとも言う。アフラ=マズダーという名前は、「叡智の霊」を意味する。光の中に住む善神。全知だが、全能ではない。アフラ=マズダーは、常にアムシャスプンタに囲まれている。

＊アンラ・マンユ　Angra Mainyu。アンラ・マンユという名前は、怒りの霊を意味する。闇の中に住む悪神。暗愚、醜悪、無慈悲、嫉妬深く、強欲。六大魔を従えている。マズダー教によれば、アンラ･マンユ（怒りの霊）は、アリヤマン（アーリマン）をさしている。マズダー教によれば、アンラ・マンユは破壊を意図して、アフラ=マズダーに攻撃をしかけたことになっている。

＊一万二千年　期間の長さは同じだが、ズルワーン教は、これとは別の内訳を説いている。⇒ＨＰ《ミトラ神話３．ズルワーン教の神話》

　

 

２．第一の三千年期

　アフラ=マズダーは、アンラ･マンユと戦いの期限を決めた後、聖なる祈りアフンワルを唱えた。すると、アンラ･マンユは、善の勢力にはかなわないと悟り、深淵に落ちて意識を失ってしまった。アフラ=マズダーは、これを見届けると、ただちに創造を始めた。まず、不可視のメーノーグ界を作り出し、その中に、アムシャスプンタ＊とヤザタ神族＊をつくった。その後、世界をつくることにし、最初に天空、つぎに水、大地、植物、動物（聖牛）をつくり、最後に原人ガヨーマルトをつくった。万物は、霊的な状態にあり、理想的な平和を謳歌していた。

　

＊アムシャスプンタ　Ameshaspenta。この名は、聖なる不死者・富ます者を意味する。アフラ=マズダー直近の神団で、それぞれアフラ=マズダーの性質の一面（あるいはアフラ=マズダーの身体を形成する元素）として、元素と被造物の保護を受け持っている。この神団を構成するのは、次の七神である。

�@スプンタ・マンユ　Spenta Mainyu。最勝霊。天地創造を行う。アフラ=マズダーと同一視される。

�Aウォフ・マナフ　Vohu-Manah。バフマンVahmanとも言う。善き思いの主。家畜の守護神。アフラ=マズダーに助言する。アムシャスプンタの筆頭に位置している。

�Bアシャ・ワヒシュタ　Asha Vahishta。アルダワヒシュトArdavahishtとも言う。火と天則の主。天則の守護神。法と秩序を守護し、虚偽ドゥルジに対抗する。

�Cクシャスラ　Khshathra。シャフレヴェルShahrevarとも言う。望ましき支配の主。天空と金属の守護神。王権の守護神で、悪政と無秩序に対抗する。

�Dアールマティー　Armaiti。スパンダルマトSpendarmadとも言う。敬虔さの主。大地の守護女神。・アフラ=マズダーの娘と呼ばれる。信心深い者を守護し、憶測と不正直に対抗する。

�Eハルワタート　Haurvatat。ホルダートHordadとも言う。健全さの主。水の守護女神。生命を守護し、渇きに対抗する。

�Fアムルタート　Ameretat。アムルダートAmurdadとも言う。不死性の主。植物の守護女神。成長を守護し、飢えに対抗する。

　

＊ヤザタ神族　⇒ミトラ単一神教の「神話」を参照のこと。

　

 

３．第二の三千年期

　世界は、不可視のメーノーグ界から可視のゲーテーグ界に移行した。これに伴い、万物は霊的状態から物質的な状態に移行した。アンラ･マンユは、悪魔の軍団＊をつくり、これを率いて、世界に侵入しようと試みるが、アフラ=マズダーに撃退され、ふたたび深淵に沈んでしまった。かくて、世界は平和な状態を保つことができた。

　

＊悪魔の軍団　つぎのような構成になっている。

アズ　Az。大暗母。魔族の母。

ジャヒー　Jahî。アンラ・マンユの娘。

アエーシェマ　Aêshama。大怒魔。配下には、次のような者たちがいる。

　アストー・ウィザード　Astô Widhâtu。死神。

　アパオシャ　Apaosha。旱魃の大魔。

　ウィーザルシャ　Vîzarêsh。地獄の悪鬼

　ブーシュヤンスター　Bûshyânstâ。惰眠・怠惰の女大魔。

　アジ・ダハーカ竜　Azi-Dahâka。混乱を誘発する巨大な竜。

六大魔

　アカ・マナフ　Aka Manah。悪意の大魔。

　ドゥルジ／インドラ　Durj/Indra。虚偽の大魔。かつてのインドラのこと。

　サルワ　Saurva。無秩序の大魔。

　タローマティー／アシュヴィン双神　Taromaiti/Ashvin。背徳、背教の女大魔。かつてのナーサティア双神のこと。

　ザリチュ　Zarich。渇きの女大魔。

　タルウィ　Tarwi。灼熱の女大魔。

　

 

４．第三の三千年期

　悪魔たちは、アンラ･マンユを目覚めさせようとしたが、アンラ･マンユは目覚めなかった。そこで、不浄なる女悪魔ジャヒー＊が現れ、原人と聖牛に多くの苦痛を与え、生きることをあきらめさせた。ジャヒーは、さらに、水、大地、植物、火といった被造物すべてを攻撃すると脅した。これに勇気を得て、ようやくアンラ･マンユは復活し、全悪魔を率いて世界を攻撃した。悪魔の軍団は、天空殻を突き破り、大洋を通り抜けて、大地の中央に侵入し、手当たり次第に攻撃・破壊した。大地は、真っ暗になり、真昼なのに真夜中のようになった。魔物が徘徊し、邪気が広まった。アンラ・マンユの軍団の攻撃は、成功し、世界は荒廃した。まず水を塩水に変え、次に大地を砂漠に変えた。ついで、百種樹を枯らし、聖牛と原人ガヨーマルトを殺した。最後に、仕上げとして、火を煙で汚した。惑星たちは、無数の悪魔たちとともに天球層に攻撃をしかけた。彼らは星座を混乱させた。あたかも火があらゆる場所を歪ませ、そこから煙がたち昇るように、全被造物が歪んだ。こうして、アフラ=マズダーの被造物は戦いに敗れたかのように見えた。

　しかし、アンラ･マンユが軍団を率いて故郷に帰ろうとすると、鎧兜で身を固めたフラワシ＊たちが天空の道をふさいでいた。九〇昼夜におよぶ激戦の末、フラワシたちは、アンラ・マンユの軍団を地獄に投げ落とした。天上には累壁が築かれ、闇の軍団がもはや襲撃して来られないようにした。地獄は大地の中にある。そこに邪悪な霊は大地を貫通して入り込んだ。有象世界のあらゆるものが二元性をもつものへと変わっていった。迫害、争い、高みにあるものと低次元のものとがごちゃまぜになって顕現しはじめた。

　

＊ジャヒー　Jahî。アンラ・マンユの娘⇒『大創造の書』第三章6。

＊フラワシ　Frawashi。守護霊、あるいは祖霊のこと。

　

　植物の守護女神アムルタートと雨神ティシュトリヤ＊は、ハオマと雨を世界にふりそそぎ、より多くの植物が育つように大地を豊かにした。聖牛の四肢からは、五十五種類の穀物と十二種類の薬草が生まれた。牛の脊髄からあらゆる植物が分かれ出た。聖牛は、月にひきあげられて、そこで徹底的にきよめられた。聖牛の種子は、再び大地に降りると、二八二体の男女の原種になった。鳥は空にあふれ、魚は水にあふれた。千年の間、動物たちは何も飲み食いしなかった。その後、まず水を飲むようになり、次に植物を食べるようになった。その後、三つに分類される動物が作り出された。最初は山羊と羊、次にラクダと豚、それから馬とロバである。

　人間の種子は、太陽に引き上げられ、そこで徹底的にきよめられた。原人の種子は、大地に降りて、一本の人間樹＊として生え出た。四〇年間は茎が一本しかない植物のかたちで、十五年間は十五枚の葉をつけたかたちで、マトローとマトローヤオは腕を互いの肩の後ろにまわしたかっこうで地中から生えていた。やがて、両者は、植物の形から人間の形へと変化した。アフラ=マズダーはマトローとマトローヤオにこういった。「おまえたちは人間である。おまえたちは世界の先祖である。おまえたちは女神アールマティーの内に、わたしによって完全に作られた。法の命じる義務を献身的に果せ、善行をなせ、いかなる悪魔も崇拝するな！」。

　二人は最初こう考えた、「一方が他方を喜ばせよう」。彼らが最初に行ったことは、自分たちを徹底的に洗うことだった。彼らが最初のしゃべったことは、アフラ=マズダーが水、大地、植物、動物、星々、月、太陽、そして天則のはたらきがその源である繁栄のすべてを創造したということだった。

　ところがその後、彼らの精神の中に対立する考えが殺到し、彼らの精神は徹底的に腐敗し、彼らは、邪悪なる霊が水、大地、植物、動物、そしてその他先に述べたすべてのものを創造したと叫んだ。この虚偽は、アンラ・マンユの意志によるものだった。アンラ・マンユは、彼らから最初の喜びを得た。虚偽を語ったことによって、彼ら二人は、邪道に落ちた。人類は、指針を失い、暴力と悪意がはびこるようになった。

　

＊ティシュトリヤ　Tishtriya。シリウス星の神。ヤザタ神族の一柱。シリウス星は、全恒星を代表する星と考えられている。シリウス星が見え始める頃に雨季が始まるので、雨の神とされている。ティシュトリヤは、十五歳の少年、牡牛、白馬に変身する⇒『ティシュトリヤ祭儀書』6。

＊人間樹　にんげんじゅ。〔中ペ〕リーワスRivas。

　

　アフラ=マズダーの要請に応え、善に勝利をもたらすべく、ミトラは救世神としてアンラ・マンユとの戦いを引き受けた。アフラ=マズダーから、このことを聞くと、アムシャスプンタも、ミトラの地上統治をよろこんだ。ミトラは、ラシュヌとスラオシャをはじめとするヤザタ神族をしたがえて、世界の正義と秩序を見張り、生き物たちすべてを監督し、アーリマンたちの攻撃からかれらを守ることになった。ミトラは、アシャ（正義）を基準として、ドゥルジ（虚偽）にしたがう者を罰し、世界に公平さと正義をつくりだした。ミトラは人間の一生を見守り、その死後、アシャを基準として、裁きをおこなった。善いことをした者は、チンワトの橋をわたって、アフラ=マズダーが待つ光の中へ還れるが、悪いことをした者は、橋から転落させ、奈落の底に落とした。こうした徹底した正義の統治により、この世は秩序と平和を取り戻した。

　しかし、アンラ･マンユは、これを黙ってみていたわけではない。さらに多くのダエーワ魔族をつくりだし、ヤザタ神族に対抗すべく、出撃させた。かくて、この世は、神族と魔族の戦場となった。

　

 

５．第四の三千年期

　アフラ=マズダーは、一つのフヴァルナをつくると、それをある若い女ドゥグダーウの中へと宿らせた。ゾロアスターは、生まれるとすぐに笑った。二十歳になった時、家を出て、肉を絶った。三〇歳になった時、ダーイテー川のほとりで、アフラ=マズダーの使者としてやって来たバフマン（ウォフ・マナフ）に会った。バフマンに導かれてゾロアスターは、天山に上り、そこでアフラ=マズダーとアムシャスプンタに会った。アフラ=マズダーは、ゾロアスターに天地創造以来の出来事と世の終わりについて教え、善き宗教を建立するように命じた。人々の中には、ダエーワ魔族を崇拝する者が多くいたが、ゾロアスターは、苦難に打ち勝って、善き宗教を建立すべく努めた。ウィスターシュパ王を改宗させたことで、善き宗教は大きな第一歩を踏み出した。

　あるとき、ゾロアスターはアフラ=マズダーに不死を与えて欲しいと願った。すると、アフラ=マズダーは全知の智慧によって、ゾロアスターに幻を見せた。ゾロアスターは、一本の木を見た。その木の枝は四つに分かれていて、それぞれが黄金、白銀、黒鉄、合金でできていた。アフラ=マズダーは、ゾロアスターにいった、「おまえが見ている木の幹と四つの枝は、これから来る四つの時代を象徴している。黄金の枝は、わたしとおまえが出会った時代だ。ウィスターシュパ王が、この善き宗教を受け入れで、悪魔たちの像を破壊した時だ。しかし、彼らはかくれただけで、滅びたわけではなかった。白銀の枝は、カウィの王アルダシールの治世を象徴している。黒鉄の枝は、クヴァード王の子にして栄光にかがやくホスローの治世を象徴している。鉄の合金でできた枝は、怒りの大悪魔アエーシェマの種族による邪悪な統治を象徴している。これから千年たったとき、ゾロアスターよ、おまえの千年紀は終わるのだ」。これを聞いて、ゾロアスターは不安になった。そこで、アフラ=マズダーは、自分の全知の智慧を水に変えて、ゾロアスターの手に与え、「飲みなさい」といった。ゾロアスターがそれを飲むと、全知の智慧がゾロアスターの全身にしみわたり、ゾロアスターは七日七晩の間アフラ=マズダーの智慧の内をさまよった。そのとき、ゾロアスターは、世の終わりについての黙示を得た。

 

 

６．世の終わりについての黙示

　以下は、ゾロアスター教の教典『大ブンダヒシュン』（以下Bdと略記）と『バフマン･ヤシュト』（BYと略記）による。下記の冒頭は、ササン朝がイスラームに滅ぼされた後に加筆されたものである。なお、『バフマン・ヤシュト』の詳細な解説と黙示録部分の全訳については、ＰＤＦ．『ペルシア神話大辞典』の第四部「予言」の項を参照していただきたい。

　

ゾロアスター教の滅亡

　マホメットを預言者とあおぐアラブ人がイランの地に侵攻し、ゾロアスター教を滅ぼした。いまや、イランの地は、忌まわしき邪教に支配されている。アフラ=マズダーを拝む信者は、奴隷のような状態におかれ、暗い日々をおくっている。これから千年、闇に閉ざされた希望のない時代が続く。信者は激減し、ほとんど残らない。BY2

　

司祭ペショタヌ

　千年が過ぎ去ったとき、アフラ=マズダーは、ナルヨーサンハとスラオシャを裁きの山に遣わす。二神は、山頂から司祭ペショタヌに「イランの地に行け！　邪教を滅ぼして、今こそ正しい宗教を復活させよ」と呼びかけるBY3:25-26。ペショタヌは150名の弟子とともに黒装束をまとって真言を唱えながらイランに向かって行進する。ペショタヌたちが正しい手順で儀式を行って祭壇に火をともし、アフラ=マズダーを祭って真言を唱えると、忌まわしき邪教とともに敵の三分の一がたちまち滅びるBY3:27-29。

　

第一の救世主

　アフラ=マズダーが天に向かって呼びかけると、ミトラ、スラオシャ、ラシュヌ、バフラームらが現れ加勢する。ミトラの命令で、第一の救世主フシェダルが現れ、正しい宗教を回復する。こうして千年が過ぎる。末期になると、悪魔たちがふたたび勢力をもりかえす。BY3:42-43

　

第二の救世主

　アフラ=マズダーが呼びかけると、第二の救世主フシェダル・マーフが現れる。正しい手順で儀式を行って祭壇に火をともし、アフラ=マズダーを祭って真言を唱えると、悪魔たちはたちまち滅びてしまう。第二の救世主のもとで、人類は呪術医術を進歩させる。祈祷・お祓い・治療が大いに人々の役に立ち、人々はほとんど不死に近い身体をもつようになる。平和のうちに千年が過ぎる。BY3:43, 53

　

ダハーカ竜王が現れる

　アンラ・マンユの呼びかけで、ダハーカ竜王がよみがえる。ダハーカ竜王は、この世に恐るべき罪をまきちらす。人類、牛、羊など、あらゆる生き物の三分の一が死滅する。水、火、植物がけがされ、罪に染まるBY3:59。アフラ=マズダーは、スラオシャとナルヨーサンハ＊に命じて、勇者サーム＊をゆすり起こす。すると、サームは、ダハーカ竜王を戦闘用のこん棒でなぐり殺すBY3:61, Bd29:8-9。

　

第三の救世主

　この後、第三の救世主サオシャントが現れ、すべての生き物をきよめて復活させるBY3:62; Bd30:4。すべての人間が復活すると、ゾロアスターの長男を司祭長とする一団が現れ、最後の審判を下す。義人たちと邪悪なる者たちが分けられる。義人たちは天国へ迎えられ、悪人たちは地獄に放りこまれるBd30:12。その後、第三の救世主サオシャント＊が、聖牛の供儀を執り行う。白ハオマ樹でフーシュを準備し、それをすべての善人に分け与える。すると、みな不老不死になるBd30:25。

　

大決戦

　これらの総仕上げとして、アフラ=マズダーとアムシャスプンタは、大悪魔に襲いかかる。アンラ･マンユとアズを残し、他の大悪魔はすべて討ち殺されるBd30:29。霊界では勝負がつかないので、アフラ=マズダーは、この世に転生し、司祭長と副司祭長を率いてお護摩を焚きつつ一心に祈念する。すると、アンラ・マンユとアズは力を封じられ、地獄に落ちて、燃え滅びる。彼らとともに地獄を染め上げていた邪念も焼かれて消え、地獄は清浄になるBd30:30-31。

　

イランの地は栄える

　アフラ=マズダーは、地獄を開放して大地を広げる（人間の居住可能地域を広げる）。チンワトの橋を支えていた山がなくなるので、橋は消滅する。豊かな世界が永遠に続く。Bd30:32-33

　

＊ナルヨーサンハ　Naryo-sangha。アフラ=マズダーの使者。未来において現れる救世主の身体を形成するために、ゾロアスターの精液を保存した。病の治療も行う。

＊サーム　Sâm。明教の伝承では、見張りと呼ばれる天使たちと人間の娘の結婚から生まれた巨人族の子孫。

＊サオシャント　Saoshyant。サオシャントは、ミトラの生まれ変わりであるとする伝承は、早い段階で形成された。

　

　

　

以　　　上